ゆっくりと時間をかけて何度も味わいたい。雲のように自由に、形を変えながら紡ぐ、珈琲と人の物語『浮雲珈琲店』(福岡・宗像市)【まち歩き】

宗像市の住宅街の奥、静かな一角に、じわじわと評判を広げている知る人ぞ知る珈琲店がある。『浮雲珈琲店』。店主の新谷岳人さんが、自宅のガレージを半年かけてDIYで改装し、2020年10月にオープンしたこの店には、サイフォンで丁寧に淹れる珈琲と、「雲のように自由でありたい」という想いが詰まっている。

■コロナ禍が生んだ転機——会社員から珈琲店主へ

「元々は会社員だったんです」と新谷さんは振り返る。会社が運営する喫茶店の部門に異動し、焙煎機を使って自家焙煎した珈琲をサイフォンで提供する仕事に携わっていた。一年ほどその仕事に打ち込んでいたとき、コロナ禍が訪れた。
「クラスターが出たらまずいという議論になって、結果的に店を閉めざるを得なくなったんです」。
準備期間も含めて一年半、全力で注ぎ込んできたものが消えてしまう——その喪失感は大きかった。営業の仕事に戻るか、自分で店を開くか。新谷さんは後者を選んだ。
「一年半の間に積み上げたものを、捨てられなかったんです」。

■建築から珈琲へ——ガレージをDIYで店に変えるまで

新谷さんは三重県出身。大学進学で福岡に来て、建築を学んだ。卒業後は建築関係の仕事に就いたが、その後別の業種に転職。長くその仕事を続けたが、心の奥底には建築への想いが残っていた。
「建築への憧れがまた湧いてきて、退職して建築の世界に戻ったんです。でもいろいろあって、最終的に珈琲屋になった」。
遠回りに見えるかもしれない。でも新谷さんにとって、この店の内装は「建築の集大成」なのだという。
人通りの多い場所に出店することも考えたが、新谷さんが選んだのは自宅の駐車場スペースだった。
「屋根と柱だけのスケルトン状態だったんです。そこに壁を作って、電気と水道を引いて、窓や扉をつけて。半年かけて作りました」。
建築を学び、さまざまな仕事を経験してきた新谷さんは、ほぼすべての内装を自分の手で施工した。水道やガス、電気など資格が必要な部分だけをプロに依頼し、それ以外は自分で。
「人に頼むと、どうしても『ここ、ちょっと違うんだよな』って思うことがあるじゃないですか。自分でやれば、自分の好きな雰囲気を作れると思ったんです」。
午前中だけ作業して午後は別のことをするなど、「のんびり楽しみながら」半年をかけて、新谷さんは自分の理想の空間を作り上げた。

■「浮雲」という名前に込めた想い

店名の「浮雲」には、新谷さんの哲学が込められている。
「雲って、その時その時で姿を変えるじゃないですか。同じ状態でいられない。そういう自由な感覚を表したかったんです」。
もうひとつ、新谷さんがこだわったのは「日本語で、何屋さんかがはっきりわかる名前」にすることだった。
「横文字だと、直感的に伝わらないことがあるんですよね。聞いたときにすっと耳に入って、誰でも読めるような名前にしたかった」。
優しさと自由さを併せ持つ「浮雲」という名前は、住宅街の奥という立地でも人々の記憶に残り、口コミで広がっていった。

■終わりのない探求——サイフォン珈琲の魅力

『浮雲珈琲店』の最大の特徴は、サイフォン式で珈琲を淹れること。フラスコとロートを組み合わせた抽出器具で、蒸気圧を利用して珈琲を抽出する。
「結構楽しいんですよ、これ。終わりのない探求というか」。
火力、焙煎度、豆のグラム数、お湯の量、浸す時間、混ぜ方——すべてが味に影響する。さらに、温度によって人間の味覚そのものが変化する。
「サイフォンは、決まったお湯の中で粉が回るので、高温で短時間で抽出して、取りたい成分だけを取る。抽出方法に優劣はないと思っています。サイフォンの珈琲が飲みたい時に来てくださったら嬉しいです」。
店内には13種類ほどの豆が並ぶ。すべて新谷さん自身が焙煎したものだ。
「いろんな豆を焼きたいという欲求が出てくるんですよね。数種類だけとかだと、ちょっと窮屈に感じてしまって」。
問屋から送られてくるテイスティングノートを見て、初めて見た産地や、これまで焼いたことのない地域の豆を選ぶ。豆探しそのものが、新谷さんの楽しみになっている。

■雑然とした空間と、人と人の物語

インダストリアルな照明、アンティークのカメラ、手作りのヘラ——店内には新谷さんの「好き」が詰まっている。
「完璧に整った空間は、僕には作れないんです。雑然とした空間の方が落ち着くんですよね」。
開店から5年が経ち、店は少しずつ変化してきた。お客さんが持ってきてくれたものも増えた。サイフォンで使うヘラも新谷さんの手作りだ。その姿勢は海外にも評価され、Instagram経由でドバイから注文が来たこともあるという。
集客は主にInstagramとクチコミ。開店当初に比べれば、今は「めちゃくちゃ人が来ている」わけではないが、それは悪いことではない。
「豆を焼くことに注力できたり、抽出を追求したり。そういう時間を持てるのは、ありがたいことです」。
このお店だからこそ、新谷さんは人と人の物語を間近で見てきた。
「ここで出会った若い方同士が結婚して、出産したりとか。そういう物語をここから見られるのは、すごく幸せなことですね」。

■雲のように、形を変えながら——日常に寄り添う珈琲を

今後の展望について尋ねると、新谷さんは「日常に寄り添う珈琲」というキーワードを挙げた。
「最新の珈琲トレンドに乗っかるというスタイルではなくて、毎日飲んでも疲れないようなものを意識しています」。
現在はイタリアンレストランに豆を卸しており、今後は飲食店や企業の福利厚生向けにも広げていきたいという。
「高額なものを売っているわけではないので、休憩時間に少しいい珈琲でリラックスしてもらえたらいいなと思っています」。
提供するのは珈琲とケーキ、そして空間。それだけでいい。
「その人の日常の中に、この店があったらいいなと思うんです」。
新谷さんは微笑みながら言う。
「うちは小さな店で、席もそんなに多くないし、駐車場も限られています。100%の満足は与えられないと思っています。でも、できることをやって、それが好きな方がまた来てくださる。それでいいんです」。
雲のように、その時その時で姿を変えながら、自由でありたい。新谷さんのそんな想いが、この小さな店には息づいている。

【今回注文したメニュー】
・「ホット珈琲 ケニア」600円(税込)
・「スパイスとチョコのテリーヌ」(ロマンティック堂)600円(税込)

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■『浮雲珈琲店』
住所:福岡県宗像市池浦6-112
電話:070-1256-6049
営業時間:11:00〜20:00(LO19:30)
定休日:水・木曜
Instagram:@ukigumo_coffeeroaster
https://www.instagram.com/ukigumo_coffeeroaster/

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■ 浮雲珈琲店

住所:福岡県宗像市池浦6-112
Instagram:@ukigumo_coffeeroaster

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