これぞ大牟田ディープシティカルチャー!鉄板の湯気の向こう側にある「変わらないこと」を選び続ける勇気。『お好み焼き だるま』が紡ぐ、大牟田「街の味と古道具」の記憶(福岡・大牟田市)【まち歩き】
福岡県大牟田市西浜田町。住宅街の一角に佇む『お好み焼き だるま』の扉を開けると、まるで時間が巻き戻されたような感覚に襲われる。店内にディスプレイされたレトロなおもちゃ、昭和の看板、古い建具。タイル張りの階段、大きなそろばんが仕切り代わりになった空間は、まるで昭和レトロのミュージアムのようだ。
「古いものが好きなんですよ」と語るのは、店主の村里剛さん(56歳)。その笑顔の裏には、饅頭屋からお好み焼き屋への大転換、古物商としての顔、そして大牟田のお好み焼き文化を次世代へ繋ぐという、いくつもの物語が隠されていた。
■中学生の頃から抱いていた「みんなが自由に食べられる店」という夢
「お好み焼き屋をやろうと思ったのは、中学生の頃からなんですよ」。
村里さんがそう語り始めたのは、取材の途中、店内のレトロ雑貨について尋ねた時だった。
時は昭和の終わり頃。当時の大牟田では、お好み焼き屋は単なる飲食店ではなく、若者たちの「縄張り」のような存在だったという。
「玄関先でおばちゃんがやってるような美味しい店があったんですけど、よその中学のやつは来れないとか、カップルは無理とか。先輩に見つかったら走って逃げるんですよ。なんで逃げてたのか、今となってはわかんないんですけどね」。
ビーバップハイスクールの時代。お好み焼き屋は地区の縄張りであり、他校の生徒が「でかい顔」して来ることは許されなかった。チラチラと視線を感じながら、ビクビクしながら食べるお好み焼き。
「もっと自由に、平和にお好み焼き食べたいなってずっと思ってたんで。これみんなで食べたら絶対幸せになるのにって」。
少年が抱いた素朴な疑問が、やがて一軒のお好み焼き屋として結実することになる。
■饅頭屋の看板を下ろし、中学生の頃からの夢へ
村里さんの家は代々、饅頭屋を営んでいた。高校卒業後、大分のお菓子屋へ修行に出たものの、3ヶ月で肺を患い断念。洋服屋での勤務を経て結婚し、家業を継ぐことを決意した。
しかし、時代は変わっていた。
「結婚式とかで配る赤飯やお餅をつけてたんですけど、そういうのがだんだんなくなっていって。饅頭が売れなくなったんですよね」。
結婚後、仕事のない饅頭屋をしながら毎日バイクに乗って遊んでいたら、一年で帳簿上は潰れていた。妻に指摘され、ようやく重い腰を上げた村里さんが選んだのは、中学生の頃から温めていた「お好み焼き屋」だった。
「何の裏付けもなく、何の勉強もなく始めたんですよ」。
饅頭作りの修行はほぼ未経験。しかし、高校時代に鉄板焼き屋でアルバイトをしていた経験が、意外にも役に立った。そしてもう一つ、村里さんの支えになったのは、祖父から受け継いだ商売哲学だった。
「爺さんが酔っぱらった時に言ってた『損して得取れ』っていう言葉が、ずっと心の中にあるんですよね」。
■鉄板の上で再現される、消えた「思い出の味」
鉄板付きテーブルの席に座ると、目の前の鉄板から香ばしい匂いが立ち上る。この日出してもらったのは、「オム焼きそば・肉イカ入り」(1,100円)と「お好み焼き・ネギミックス」(1,100円)。
鉄板の上で焼き上げられたお好み焼きは、関西風でもなく、広島風でもない。生地で具材をはさんだ独特のフォルムだ。
「関西風でも広島風でもないんです。昔、大牟田の玄関先でおばちゃんたちがやってたようなお好み焼きなんですよ」。
村里さんが目指したのは、特定のスタイルではなく、記憶の中にある「あの頃の味」だった。
店には2種類のソースが用意されている。一つは、ピリ辛の醤油タレ。もう一つは、トロリとした甘めのソース。
「醤油タレは、近所のおばちゃんがやってた店の味を思い出しながら作りました。ソースタレは、大牟田で一番古いと思われるお好み焼き屋さんの味を参考にさせてもらったんですよ」。
そう笑いながら話す村里さんの目は、少年のように輝いている。
メニューには、お好み焼き以外にも「お好みそば」や「タコライス」がある。これらも全て、村里さんの「思い出の味」を再現したものだ。
「お好みそばは、昔デパートの地下で食べてた焼きそばなんですよ。タコライスは、知り合いがやってた店の味。もう食べられないから、自分で作ろうと思って」。
鉄板の上には、過去への郷愁と、それを未来へ繋ごうとする想いが焼き付けられている。
■もんじゃ焼きは「だるまオリジナル」
実は『だるま』は、もんじゃ焼きをいち早く大牟田で提供した店でもある。
「お好み焼きは、おっちゃん、おばちゃんがやってるとこが頂点だと思ってたんで。一発で回を黙らせるには、大牟田にないものをと思って、もんじゃを本を見て作りました。月島には行ったことないんですよ」。
村里さんが想像で作り上げた「だるまのもんじゃ」。月島に行った客が「口直しに来た」と戻ってくるほど、独自の進化を遂げている。
■もう一つの顔は古物商。空き家から集めたレトロ雑貨
店内のレトロ雑貨について尋ねると、村里さんの顔が一層明るくなった。
「これ、全部古道具ですよ。建具も窓も全部」。
村里さんにはもう一つの顔がある。古物商、それも「初出し屋」と呼ばれる、解体前の建物から古道具を持ち出す仕事だ。
「最初は見よう見まねで始めたんですけど、やがて解体屋の知人と協力関係を築いて、解体前の空き家に一日中入って古道具を探すようになったんです」。
何が出てくるかわからない、宝探しのような日々。明治時代の民家から、戦前の暮らしが残る家まで。
「数年に一度、すごい家に出会うんですよ。それこそ明治くらいの、戦前の暮らしがまだ残ってるような」。
一時期は箱崎でも古道具店を営んでいたが、お好み焼き屋との両立で妻が倒れそうになり、閉店を決断。今は趣味の範囲で続けている。
「お好み焼きが90%ですね。でも、話があったら今でも空き家に入って、ネズミの巣みたいなところまで行きますよ」。
店内に散りばめられた古道具の一つ一つに、そんな冒険の記憶が刻まれている。
お好み焼き だるまの店舗横は、集められた数々の古道具を販売しており、席が空くのを待ちながらノスタルジーな気持ちに浸ることもできる。
■戦後から続く、大牟田お好み焼きのルーツ
「大牟田で一番古いお好み焼き屋があるんですが、戦中に軍隊で一緒だった人からお好み焼きの作り方を習って、戦争が終わって帰ってきてから始められたんですよね。たぶんそれが大牟田のお好み焼きの始まり」。
村里さんが語る大牟田のお好み焼き史は、戦後復興の物語と重なる。
「昔の大牟田の人たちにとって、お好み焼きは主食だったんですよ。就職したら絶対腹いっぱい食うてやるって、みんな高校時代を過ごしてた」。
炭鉱の町として栄えた大牟田。村社会が色濃く残る地域性。そんな中で、お好み焼きは庶民の食卓を支える存在だった。
「僕が18、19、20歳くらいの頃、テレビで大牟田は人口密度あたりのお好み焼き屋の数が広島より多いってやってたんですよ」。
しかし時代は変わり、お好み焼きを「主食」として食べる世代は少なくなった。
「今の大牟田の人は、あんまりお好み焼きを食べなくなってきてるから。でも僕は、お好み焼きは子どもが親から『お好み焼きでも食うてこい』って言われてお金持ってくるような、中学生が初めてのデートで外食の登竜門みたいな感じで来るような店でありたいんですよ」。
だから、このスタイルを変えない。居酒屋に転換すれば儲かるかもしれない。でも、それはやらない。
■「損して得取れ」ー不景気な時こそ腹いっぱい食わせる
原価は上がり続けている。多くの店が量を減らし、価格を上げる中で、村里さんは敢えて別の道を選んでいる。
「そこは気にしないようにしてるんです。嫁さんだけが気にしてるんですけど、僕が気にすると、お好み焼きがちっちゃくなったり値段が上がったりするから」。
中身や、器まで小さくなる「ごまかし」。そういうものを見てきた村里さんには、信念がある。
「ああいうのでじわじわ自分の首を絞めとるんやろうなと。不景気な時こそ腹いっぱい食わせようと思ってるんですよ。爺さんの『損して得取れ』ですね」。
実際、1,100円のお好み焼きとオム焼きそばのボリュームは、予想を遥かに超えるものだった。鉄板の上で熱々のまま食べられる幸せ。2種類のソースで味変を楽しむ楽しさ。
「こういう時こそ、量や価格でお客さんを裏切らないようにしたい」。
■変わらない場所であり続けるために
取材の最後、今後の展望を尋ねると、村里さんは少し照れたように笑った。
「僕、もう56なんですよ。だから今から新しいことをするよりも、娘が継ぎたいと思えるような魅力的な状態にしておきたいんです」。
将来、娘の夫が仕事に悩んだ時、ここに帰ってこられるように。
「男の人って、40代で一回すごく病的に仕事が嫌になると思っていて。その時に、『あそこで何か商売しようか』って思ってもらえるような。いつドロップアウトして来られても、ここで受け止めてやれる場所でありたい」。
かき氷を始めたらカフェスタイルになって客単価は上がるかもしれない。でも、それは『だるま』ではなくなる。
「なんか変わらないものがやっぱりいいかなと思うんですよね。世の中がどんどん変わっていってるから」。
レトロ雑貨に囲まれた空間。戦後から続く大牟田のお好み焼きの味。子どもたちが初めての外食で訪れる場所。
村里さんが守ろうとしているのは、単なる「古いもの」ではない。時代が変わっても変わらない、人と人が繋がる「場所」としての価値なのだ。
鉄板の上で焼かれるお好み焼きから立ち上る湯気の向こうに、昭和の大牟田の記憶が見える。そして同時に、次世代へと受け継がれていく未来も見えた。
「変わらないこと」を選び続ける勇気。それこそが、この店の最大の魅力なのかもしれない。
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■『お好み焼き だるま』
住所:福岡県大牟田市西浜田町18
電話:0944-52-4660
営業時間:11:30~15:00/18:00~21:00
定休日:火・水 曜
Instagram:@daruma_omuta
https://www.instagram.com/daruma_omuta/
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■ お好み焼き だるま
住所:福岡県大牟田市西浜田町18
Instagram:@daruma_omuta
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