単なるアニメではない“教養作品”で… 『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』
2025年12月04日
[薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!]
この作品のさらに詳しい情報はコチラ→https://peleliu-movie.jp/

原作は『ヤングアニマル(白泉社)』に連載された戦争漫画だ。悲惨な戦闘を描くなら実写映画が適していると思ったが、キャラクターが忠実に再現されたアニメーション作品として登場した。
ただ、日本兵もアメリカ兵もかわいらしい“三等身”で制作はシンエイ動画(アニメ制作会社の冨嶽と共同)とくれば、思わず『ドラえもん』と『クレヨンしんちゃん』を連想してしまう。
いったいどんな内容になるのか不安な気持ちで試写会場に足を運んだが、それらはまったくの杞憂に終わる。
これが戦争の悲惨さを描く実写映画だったら、子どもたちは映画館には行かないだろう。昨年の『スラムダンク』や『鬼滅の刃』に『チェンソーマン』など、欧米でも高く評価される日本アニメという手法で「過去の過ち」を描き、見るものの年齢を問わず戦争のおろかさを印象付ける作品だったからだ。

舞台はパラオ諸島のペリリュー島。太平洋戦争中の1944(昭和19)年9月から11月にかけて実際に行われた日本軍とアメリカ軍の戦闘にはじまり、敗走していく日本兵たちのその後も描かれる。
主人公で21歳の日本兵・田丸の肩書は「功績係」。“鬼畜米英”に立ち向かい命を落とした日本兵の“名誉の戦死”を描写し、本土で帰りを待つ遺族に届ける仕事だ。戦死した人物の特徴をとらえることはもちろん、絵心も文章力も持ち合わせているキャラが重要な伏線になっている。
激戦地ペリリュー島でのアメリカ軍は4万人。対する日本軍は1万人だったとされ、少しでも時間稼ぎをするために軍部が指示する作戦は玉砕から持久戦へと変化する。そんな中で、田丸は同期だが上等兵の吉敷とともに生きるか死ぬかの日々を送ることになる。
当然ながら戦力の差は歴然で、銃剣程度の日本軍の装備に対しアメリカ側は自動小銃。雨あられのごとく爆弾を投下する圧倒的な空軍力に加え、戦車部隊も島に上陸してくるから食料の補充もままならず、傷病兵の治療もできない悲惨な状況が続く。
とは言うものの、すべてが史実ではない。いくつかのエピソードは“こんなこともあっただろう…”という視点がうかがえるが、決してセンセーショナルには扱っていない。
戦死者の描写における独特の色使いや時間が経過する“ニュアンス”などから、現実の戦争に向き合う努力が伝わってきた。

漫画原作者(本作の脚本も)の武田一義氏がペリリュー島に興味を持ったきっかけは戦後70年に当たる2015年、当時の天皇・皇后両陛下によるペリリュー島への慰霊訪問の報道だった。
その後、日本に生還した人々に聞き取りを行っていた戦史研究家・平塚柾緒(ひらつか・まさお)氏への取材を通じて、それまでは想像するしかなかった戦争に対する価値観が変わったという。
報道番組では時間の制約があるから「過去にペリリュー島でこんな戦闘があった…」という一次情報だけで終わることが多い。長編ドキュメンタリーという手法もあるが、その主要な視聴者は大人になってしまうだろう。
本作の「悲惨な戦争を描くのに、キャラはかわいらしいアニメーション」という内容は、最初はチャレンジのように感じた。いくらアニメでも“戦争もの”になってしまえば家族連れでの鑑賞のハードルが高くなるからだ。しかし、戦争の実相が広い世代に伝わる点で希少な作品に仕上がっている。

小学生でも理解できる内容だが、サブタイトルに入っている『ゲルニカ』はどうか。パブロ・ピカソが描いたのは1937年だからまもなく90年が経過する。
ドイツ空軍による無差別爆撃がきっかけになった『ゲルニカ』のことも改めてクローズアップしていかなくてはならない。
それこそが「こういうことがあったという現実が風化することなく受け継がれていき、ずっと“戦後”が続けばいい」と語る原作者の武田氏の考え方につながるからだ。
※この作品は12月5日(金)から T・ジョイ博多、ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13、ユナイテッド・シネマ福岡ももち ほかで全国ロードショー公開されます。
※小学生の観覧には、親又は保護者の助言・指導が必要な【PG12】指定作品です。



