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KBC Sunday Music Hour(毎週日曜あさ9:00~ごご5:45)

薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!

映画『さよならはスローボールで』

2025年10月07日

[薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!]

この作品のさらに詳しい情報はコチラ→https://transformer.co.jp/m/sayonaraslowball/

Ⓒ 2024 Eephus Film LLC. All Rights Reserved.

 試写を見終わって思い出した言葉がある。2023年、日本とアメリカの対決になったWBC決勝戦を控えた大谷翔平選手の「憧れるのをやめましょう」だ。

 チームメイトを前にして複数のメジャーリーガーの実名をあげ「憧れてしまったら越えられない。僕たちはトップになるために来たので、今日一日だけは勝つことだけを考えていきましょう」という内容だった。

 多くの人々にとってアメリカ・メジャーリーグの野球は昔から憧れの的だった。それが頭から離れなければ、試合前から気圧(けお)されて不利になる…と伝えたかったのだろう。

 本作はその「憧れ」とは対極にある野球文化を見せてくれる。メジャーリーグで活躍できる選手はほんのひと握りだから、ここで描かれる人々の方が、アメリカの“メジャーな”野球好きと言えるだろう。

選手たちの会話からは、野球への想いだけではなく歩んできた人生も感じられて…。

 舞台はアメリカの“ソルジャーズ・フィールド”なる野球場。といっても、観客席はなく地元民が草野球を楽しむための場所だが取り壊される運命にある。そこに新たな中学校が建設されるのだ。

 温存される隣の運動場にはサッカーのゴールがあって若者たちの声が聞こえる。野球王国アメリカでもサッカー熱が盛り上がっているのかと思ったが、FIFAワールドカップのアメリカ開催は1994年、物語の時代設定も90年代初頭だった。

 時たま挿入される地元ラジオのDJやCMメッセージで30年前の風情が伝わる中、ユニホームの色が赤vs青というわかりやすいチームによる最後の試合が始まる。

 そして、ゲームセットを迎えて物語は終わる…って本当にそれだけなのだ。

 しかも、少数ながら若手もいるが、ほとんどが中年男でビール腹の選手たち。ボールがバットに当たって前に飛んでも走りはドタドタ…。遅刻してくる奴もいるし、さらにはドリフのギャグみたいなプレーも飛び出す。それらのシーンでは試合のノイズは聞こえるものの、映像は塁上での雑談だったりする。

 審判も審判で、日本の野球文化からは考えられない行動をとる。熱心にスコアブックをつける人物が気になったが、やはり彼から「憧れの野球文化の対極にあるもの」が感じられた。

プレーヤーにスポットライトが当たりがちだが、スコアを付ける作業も重要なことだと気づかされ…。

 脚本・編集・音楽・プロデューサーも務めたカーソン・ランド監督は「野球を題材にした過去のアメリカ映画のどれにも当てはまらない作品です」と語る。

 おっしゃるとおり、まさに「憧れのアメリカ・メジャー野球」を描いた数多くの作品の対極にあるのだ。

 ロケ地の野球場が観光名所になった『フィールド・オブ・ドリームス』。日本のタレントの方々も出演した『メジャーリーグ』。そして女子野球チームの実話をもとに制作された『プリティ・リーグ』…数多くの感動作によって私たちの「メジャーリーグへの憧れ」は増幅された。

 しかし、それらが「アメリカの野球文化」のすべてを語っているとは言い難い。それは監督による「勝敗がどうなるのかではなく、ゲームの先に何があるのか、試合をしている間だけは忘れられるものとは何なのか、仕事に忙殺される日々の中でふと安らぎを得ることのできる“この時間”とは何なのか…」という説明で明らかになる。

試合を見物する人々は「なんでおじさんたちはこんなに夢中になるの?」って感じで…。

 特に日没後のフィールドのシーンは、日本人の野球に対する価値観とはかけ離れたもので「あくまでもゲームセットまでプレーすることがルールだ!」という展開になる。

 そこには、今年の夏にニュースになった「勝利至上主義」の概念はない。いかに野球を楽しむか、さらには豊かな人生を歩むとはどういうことか…私たちが憧れるアメリカの野球文化の対極にある「もうひとつの大切な価値」が描かれるのだ。

 今回はいささか大げさだが「日米の野球にまつわる比較文化論映画」としておこう。

メジャーリーグではおなじみの「Take Me Out to the Ball Game(私を野球に連れてって)」も絶妙なタイミングで披露される。

※この作品は10月17日(金)から 熊本ピカデリーほかで全国ロードショー公開。またKBCシネマでも公開待機作品となっています。

※文章中のいくつかのエピソードについて、作品配給会社による資料から引用を行っています。

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