タイトルの「かへらぬ」は自らの強い意志の表れで…『ゆきてかへらぬ』
2025年02月20日
[薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!]
この作品のさらに詳しい情報はコチラ→https://www.yukitekaheranu.jp/
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最初の疑問は「なぜ今、中原中也なのか?」だった。1937(昭和12)年に30歳の若さで亡くなった詩人だが、“没後〇〇年”といった節目の年ではないし“中也ブーム”が再来しているわけでもない。
このタイミングで彼にまつわる実写映画が登場した理由は脚本にあった。しかも、それは40年以上前に完成している。作者は「セーラー服と機関銃(相米慎二監督、1981年)」や「ツィゴイネルワイゼン(鈴木清順監督、1980年)」といったヒット作の脚本を手掛けた田中陽造氏だ。
内容は、大正末期から昭和初期の京都と東京を舞台に、実在の男女3人の関係を描いたもの…ということは彼らを演じる俳優が出揃うまで水面下で眠っていた脚本ということになる。では、その3人の登場人物をご紹介しよう。
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広瀬すずが演じる“長谷川泰子”…1904(明治37)年生まれ。19歳の時に無声映画の女優としてキャリアをスタートする。
岡田将生が演じる“小林秀雄”…1902(明治35)年生まれ。文芸評論家で文化功労者、文化勲章受章者。彼の評論「無常ということ」が高等学校の現代文教科書に掲載されている。
そして、木戸大聖が演じる“中原中也”…1907(明治40)生まれ。「一つのメルヘン」「サーカス」「月夜の浜辺」といった教科書に載っている作品で知られる天才詩人。17歳でホントにこんなに完成されていたの?と思えるキャラ。
なるほど、いくら名脚本と言えども40年前に想定された俳優陣のままで通用するとは思えない。この3人の俳優であればZ世代はもちろん、幅広い年齢層への訴求もバッチリなキャスティングだ。
さらに興味深いのは、本作のエピソードのほとんどを占める事実、彼らが“三角関係”にあった点だ。
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当初描かれるのは、中也と泰子の人間関係だが、そこに小林が割って入る。いずれも知識人かつ文壇の有名人という印象の2人の男性が、古い表現だが“ダメンズ”だったからビックリ、というよりもそれが実像だったのだろう。現代のコンプライアンスでは、彼らの作品を教育現場で使う教科書に載せることがはばかられるレベルだった。
一方で、2人の男性を手玉に取った“悪女”とされていた泰子は、幼少時のつらい経験を糧(かて)にして成長し、不安定ではあるものの芯が強い女性として描かれる。こちらの人物像が本当だとすれば、彼女の過去の評価は面白おかしく“盛られたもの”だったとなる。
なので、いくら“三角関係”といってもドロドロしたものではない。逆に才能を持つ人間同士の情熱や生き様のぶつかり合いがトラブルにはならなかった“大正浪漫”の時代がうらやましく思えた。
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本作は、濃い人間関係を描くばかりではなく“ファンタジー色”も感じられる。それは根岸吉太郎監督の演出だろう。
冒頭、ある果実が登場し、その鮮やかな色彩に目を奪われたのもつかの間、それ以上に印象的な色の“小道具”が目にとまる。それらは“物体”なのに、あたかも何かを演じているようで一気に物語に引き込まれた。
そして、舞台となる京都や東京の街並みも観客に向けて“セリフ”を放っているかのようだった。その映像は、VFXのように見えるアナログ撮影であり、アナログかのようなVFX効果で非現実的な感覚を漂わせる。
それは“つげ義春作品”を思い出させるのだった(Z世代の方は“漫画のガロ”とかで検索してください)。
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終盤、広瀬すずが日本文化の中で“最も華やかではない色の衣装”で姿を現す。すでに日本のトップ女優の彼女だが、そこに大女優の風格さえ感じた…のもつかの間、カメラワークによって別の“ある色”がクローズアップされてエンディングを迎える。
自分の予想は良い意味で裏切られ「久しぶりに文学作品のような映画を見た!」と感じたのだった。
※この作品は2月21日(金)からkino cinema 天神、シネプレックス小倉、T・ジョイ久留米、ユナイテッド・シネマなかま16ほかで全国ロードショー公開されます。