ヒューマニズムとサスペンスの絶妙なバランス 映画『金子差入店』
2025年05月16日
[薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!]
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放送業界などで“差し入れ”と言えば、ロケや番組収録の現場に届けられる食品などの品物のことだが、本作では意味が異なる。
それは、拘置所などに収監されている受刑者に現金、日用品、書籍などを差し入れることだ。管轄する法務省のHPには「原則として差入れはどなたでもできます」と記載されている(もちろん例外など厳格なルールも併記あり)。
丸山隆平が演じる主人公・金子真司は、関係者から依頼を受けて受刑者への差し入れを代行する「金子差入店」を営んでいるが、持っていくのは品物だけではない。時には預かった手紙を持参し、面会した本人の前で代読することもある。

古川豪監督がそんな差入れ代行業を知ったのは、助監督をしていた映画の撮影中だった。偶然、拘置所の近くにポツリと構える差入店が目に留まったのがきっかけで、その存在を調べるうちに、これは世の中に必要な職業だと思ったという。
やはり助監督を務めた『おくりびと(2008年)』で初めて存在を知った“納棺師”も、それまでは知られていなかったが、考えてみれば必要な職業だ。その共通点にも興味があって脚本に取り組んだものの悪戦苦闘の日々が続く。なかなか納得できるものが書けずに11年の歳月が流れたという。
当初自分は、差入れ代行業の日々を描く人情噺を想像していたが、それは大ハズレ。冒頭から、いかにも訳アリで物語との関係が不明な人物が何人も登場するから混乱する。同時に、サスペンスの要素もあると気付かされた。

主人公の金子は“ある過去”を持つが、現在は妻と小学生の息子、そして先代の差入店を営んでいた叔父との4人暮らしで幸せな様子。
そんな中、身近で2件の殺人事件が起きる。金子はいずれの事件にもつながりがあり、1件目の犯人とは直接やりとりし、2件目では明らかに拘置所にそぐわない人物が、受刑者に面会を求める場面に出くわして…という展開。
主役の丸山隆平は、自らが「犯罪加害者側に便宜を図る商売人」と見られてしまう理不尽さを熱演する。年末の国内映画賞で主演男優賞にノミネートされる彼のニュースをあなたは耳にするはずだ。
彼の妻・美和子役は真木よう子。確固たる信念を持ち、色眼鏡で見られる夫を支える人物としてドンピシャだった。
金子の母親・容子の名取裕子は、ラジオ番組「オールナイトニッポン MUSIC10」でのヒューマンなキャラから一転、はすっぱな女性を演じるがさすがはベテラン、タバコの吸い方ひとつとっても説得力があった。
金子の叔父・星田辰夫は寺尾聰。登場しただけで存在感を放つ。本物の先代差入店主かのような演技…いや、もはや“味”と言っていいだろう。

そして極めつけは“ある役柄”を演じる北村匠海。NHKの朝ドラ『あんぱん』で漫画家・やなせたかし氏がモデルの人物を演じているとはとても思えない。スクリーンに登場するたびに“二度見”して確認するほどのオーラを放っていた。
登場する子役にも背負うには大きい試練があることが描かれる。ただ、それが11年をかけてオリジナル脚本を手掛けた監督が伝えたい部分だと感じた。
そんな俳優陣の頑張りによって、フィクションでありながら現実社会で実際に起こっているかも…と思わせるシリアスさが伝わってくる。

脚本の執筆期間が長かったために、ここ10年の社会変化が反映されている。たとえば「誰でもよかった」という理由にもなっていない動機の殺人事件。そして、親子でありながらお互いに憎しみ合う理解不能な人間関係。いわば現代社会の“劣化”のようなものがクローズアップされていた。
殺人事件を扱えば、程度の差こそあれ殺伐とした空気が漂う。しかし、エンドロールが終わってからの最後の最後に意外な展開が待っていた。
その映像によって空気は一変し、明るい光が見えるような気がしたが、それこそが11年間熟成されて醸し出されるようになった監督の“想い”に見えたのだった。
※この作品は5月16日(金)からT・ジョイ博多、ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13、ユナイテッド・シネマ福岡ももち 他で全国ロードショー公開中です。
※配 給:ショウゲート