奇跡の名宝
2026年02月21日
[福岡県]
黒田家の名宝(3)

400年の時を越え、受け継がれる黒田家ゆかりの名宝。
実はこれらのお宝は、無くなっていたかもしれない奇跡の名品でした。
福岡市の西公園にある「光雲(てるも)神社」。
この神社は、黒田官兵衛と長政それぞれの法名から光と雲の一字ずつを取り名付けられました。当初、福岡城内にあった光雲神社でしたが、ある出来事でお宝も一緒になくなってしまったのです。
光雲神社 禰宜 町田光弘さん
「かつて黒田家の銘品が光雲神社の方にもいくつかあったが、福岡大空襲の際に、すべて焼失してしまいました。」

福岡市博物館に保存されているこちらの兜は、関ケ原の合戦で黒田長政が使用していたものです。
光雲神社 禰宜 町田光弘さん
「一の谷形兜(いちのたになりかぶと)は、金属のように見えますが、
檜の薄い板に銀箔をおして、非常に軽くて、実用的な作りになっています。
福岡市博物館には黒田家資料約3000件あるが、江戸時代はもっとたくさんあった。残念ながら太平洋戦争の空襲で焼けてしまい、黒田家の一番頑丈な蔵に保管されていた物だけが今に伝えられているということです。」
戦争によって失われつつも、これだけの名宝が残っているのは奇跡と言っても過言ではないのです。